・自分に生まれてきた理由があるとは思えない
こんな風に悩んでいる人に伝えたいことを書いていきます。
サイト名からも分かると思いますが、僕は「ライフワーク」、つまり一生かけて取り組めるようなことを仕事にしましょう!と多くの人に勧めています。
そして色々な人の相談を受けていると、生き方や働き方について掘り下げて考えていく中で、「そもそも自分が生まれてきた理由って何なんだろう?」という疑問を持つ人はけっこう多いです。
この疑問については僕も散々考えてきたので、その内容をできるだけ分かりやすく、将来に役立つような形でシェアしていきたいと思います。
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生まれてきた理由がわからないのはなぜ?
ご注意
ここから先の部分は、ちょっと話が脱線したように感じるかも知れませんが、求めているものを明確にするために必要なので、ちょっとだけ我慢して読み進めてみて下さい。
まず、「生まれてきた理由」というのは、言い換えれば「何のために生まれてきたのか?」という事だと言えるでしょう。
例えば、成田空港かどこかで、外国発の飛行機から降りてくる人に、
「あなたが日本に来た理由を教えて下さい。」
といえば、
「仕事のためです。」とか
「観光です。」とか
「友人を訪ねてきました。」
というような答えを返してくれるはずです。
そんな風に「理由」というのは、何かが起こる前に決まっているものです。
理由があって、はじめて行動や現象が起こるということですね。
念のために、国語辞書で意味を確認しておきましょう。
・物事がそうなった、また物事をそのように判断した根拠。わけ。子細(しさい)。事情。「健康上の理由で辞職する」
・哲学で、論理的関係においては結論に対する前提、実在的関係においては結果に対する原因。根拠。
(goo国語辞典より)
つまり、僕たちが生まれたことに理由があるのなら、それは生まれる前の時点ですでに存在したということになります。
もしそうだとしたら、なぜ僕たちはそれを知らないんでしょうか?
単に両親が伝えるのを忘れたんでしょうか?
生まれてくる前に決まっていたのであれば、両親に聞けば分かるでしょうか?
もしかしたら親によっては「子どもが欲しいと思っていた」というような話をしてくれるかもしれませんが、それが「理由」だとしたら、いわゆる「できちゃった婚」で生まれた子どもには「生まれてきた理由」が無いということになるんでしょうか?
あるいは、人間以外の動物や植物、細菌はどうでしょう?
大腸菌は分裂する時に「俺は生物界を仲間で埋め尽くすために分裂するんだ!」なんて考えているでしょうか?
それとも、生まれてくる理由を持っているのは「人間限定」なんでしょうか?
こんな風に考えると、頭がこんがらがってきますよね。
僕もこれについては散々考えてきましたが、今では一つの結論にたどり着いています。
それは、生物には「生まれてきた理由」というのは無くて、存在するのは「生まれてきた前提」だけだということです。
ただし、これは「生まれてきた意味がない」という事ではありません。
詳しく説明しましょう。
人間をはじめとして、生き物が生まれるのは自然という大きなしくみの中で起こる「現象」に過ぎません。
つまり、一つ一つの生き物に、あらかじめ「生まれてくる理由」が設定されているわけではないということです。
何万個も産み落とされる虫の卵の一つ一つが「虫の幼虫が生まれてくる理由」を持っているわけじゃないし、花粉が別の花にくっついて実ができる時の風向きにも「こっちの方向に空気が流れなければならない」という「理由」は存在しません。
もしかしたら、人間が理解できないようなレベルの高い「神様」のような存在がその全てをコントロールしているのかもしれませんが、少なくとも僕たちが意識して、考える材料にはできないわけですから、実質的には「無い」のと同じでしょう。
色々な事が複雑に絡み合った結果としてそうなった。という事実があるだけです。
目的があったのではなく、色々な偶然が重なってそうなるための条件が整った、それが「前提」ということですね。
だから、いくら生まれてきた理由を探したところで、それが見つかることはないわけです。
では、なぜ僕たちは生まれてきた理由を求めようとするんでしょうか?
これについて考えると、僕たちが本当に求めているものが何かということや、その答えが見えてきます。
人が生まれてきた理由を求める意味
なぜ、人は生まれてきた理由を探そうとするのか。
その答えを解くための鍵になるのが「ストーリー思考」と「未来視点」という2つのキーワードです。
ストーリー思考というのは、人生を一つの物語の様にとらえていることです。
そして未来視点というのは、「未来から見た時の意味」で考えることを意味します。
例えば、こんな話について考えてみて下さい。
おばあさんが朝起きると、空がよく晴れていました。
なので、そのおばあさんは洗濯をしようと、着替えをして川に向かいました。
この時点でおばあさんが洗濯をしに川に向かったのは、たまたま天気が良かったとか、洗濯物が溜まっていたとか、そういう些細なことが重なったからです。
その日が雨なら次の日になっていたかも知れませんし、持っている服が少なかったら前の日に洗濯しなければならなかったかも知れません。
明確な「その日のその時間に選択をした理由」というのは存在しません。
色々な前提があって、たまたまそうなったということです。
でも、その後にこう続いたらどうでしょう
同じころ、一緒に住んでいるおじいさんは山へ芝刈りに出かけていました。
そしておばあさんが川で洗濯をしていると、なんと川上の方から大きな桃が流れてくるではありませんか!
おばあさんは、とりあえずその桃を家に持ち帰ってみることにしました。
もうわかったと思いますが、これは有名な童話「桃太郎」の冒頭の部分です。
おばあさんが持ち帰った桃の中からは赤ん坊が生まれ、それが桃太郎に成長し、最後には鬼ヶ島に住んでいる鬼たちを倒して財宝を持ち帰ることになる・・・という話ですよね。
僕はいくつか前の段落で、おばあさんがその日に洗濯をしに行ったのは、「些細なことが重なったから」だと書きました。
ここまでは理由というより、ただの「前提」です。
しかし、これを桃太郎という物語全体として見れば、そこには大きな理由があるとも考えられます。
おばあさんがその日、そのタイミングで川に洗濯をしにいったからこそ、桃太郎が生まれて鬼退治という結果を残せたわけですからね。
つまり、ストーリーの視点で考えれば、おばあさんは「桃太郎の入った桃を拾うために」その川に行ったという理由付けもできるわけです。
ただし、さっきも説明した通り、本来なら「理由」というのは何かをする前に存在していなければなりません。
だから、「桃太郎の入った桃を拾うために」というのが理由だとすれば、それは未来の視点から(物語の結末から)見た上で、理由を後付けしていることになります。
これが「未来視点」ということです。
僕たちが「生まれてきた理由」を追い求めるのは、自分の人生の中で何かを成し遂げて、「自分はこのために生まれてきたんだ」という実感を得るためでしょう。
決して、
「この国の政府を支えるために、無数に存在する納税者の一人としてこの世に生み出されました。」
みたいな理由を押し付けられて、それに従って生きるためではないはずです。
自分が存在することに価値を感じたい、存在することに意味があると思いたい。
そんな風に感じているからこそ「自分の生まれてきた理由って何なんだろう?」という疑問にぶつかるんだと思います。
生まれてきた理由は、未来に向けて作るもの
繰り返しますが、生まれてきた理由というものが「ストーリーが進んでから」しかも未来になってから「後付け」されるものであることを考えると、現時点ではどんなに深く考えたところで、絶対に答えは見つからないことになります。
逆に言えば、これから何をして生きるかによって、いくらでもその答えは変化する可能性があるということです。
だから、生まれてきた理由を見つけたかったら、考えるべきなのは「なぜ生まれてきたのか?」ではなく「どんな人生にしたいのか?」ということなんです。
その答えを出すためには、まず「できる」か「できない」かということを判断する前に、やってみたいこと、興味のあることを探してみてください。
何から取り組んでいいか見当もつかない、という場合は、以下のページにあるような情報が役に立つと思います。
「「何をしたらいいか分からない」から脱出する3つのワーク」
「ライフワークとは何か?その意味について図解で解説します」
「目標がない人生は嫌だ!という人のための2つのヒント」
今回のまとめ
最後に、今回のまとめです。
ポイント
- 人は理由を持って生まれるのではなくあるのは「前提」だけ
- 僕たちが求める理由の正体は未来から見た「自分の存在意義」
- 生まれてきた理由は自分の意志で作っていくもの